2015年4月11日土曜日

ついに選挙戦最終日

ここで体裁の良い、かっこいいブログをやめる事とする。
見苦しいかもしれないが長文で自身の思いを伝えるブログに変更する。
私が今回の選挙で勝ち上がったら、いろいろやりたいことはあるが、特に次の三点を重点的に行っていきたいと思う。

一、相模原の経済の活性化のため全力で取り組む
二、子供たちの安全・安心のため全力で取り組む
三、地域の絆をより強固にするため全力で取り組む

一について
私は相模原を元気にするために経済が活性化しなければならないと強く思っている。
経済を活性化するためには相模原の約九割以上を占める中小企業を活性化する必要がある。
そのような思いから一期目のとき、議員立法で条例作成を試みた。
残念ながらそのときは、所属会派の人数が議員立法するために必要な人数に届かず、提出することができなかった。
しかし、二期目に最大会派に合流し、提出に至った。
そして一年前相模原市議会で「市内でがんばっている中小企業を応援する条例」を全会一致で成立させることができた。
ちなみに、この条例は相模原市議会で初めての政策的な議員立法である!
この経済活性化のための活動は、この条例が成立したら終わるわけではなく、引き続き条例に肉付けをしていなければならない。
三期目はさらにこの条例をバージョンアップし、経済の活性化を行っていく考えだ。

二について
私は議員になる前、鹿島台小学校のPTA会長を務めた事がある。
今でも続いているが、登下校の通学路の巡視をおこなう年間行事がある。
正に、事故につながるような危険個所もあり、PTA会長という立場で市に改善要求をしたが、全く対応してもらえなかった。
その悔しさと憤りがバネとなり市議に挑戦し、多くの方々から支援していただき、初当選を果たすことができた。
議員就任後、初めての仕事として通学路問題を指摘し改善することができた。
議員生活8年の間には、大野小学校の通学路を拡幅し、子どもたちが安全に通学できる環境の整備もした。
通学路の問題は市内のいろいろな学校で抱えている課題であるため、三期目はそれを一つ一つ着実に改善していきたいと考えている。

三について
私は、栃木県の大田原市で生まれた。
元々相模原で育ったわけではないが、ここに越してきて感じることは地域の人たちがとても温かいことである。
街ですれ違うと挨拶を交わし、何か困っていることがあったらお互いに助け合う、本当に住みやすい街である。
いろいろな方に感謝、感謝の日々で、この感謝の気持ちを議員として少しでも恩返ししたいと思っているのである。
この思いは私だけの思いではなく、相模原市民一人一人が感じていただけると思っているため、三期目は地域の絆が生まれる「きっかけ」を多く作り、
私のような相模原を愛する人をもっともっと増やしていきたいと思っている。

明日はいよいよ投票日。
なんとしても当選し、私の思いを一つ一つ進めていきたい。
最後に皆様にお願いがあります。

どうか、どうか!古内 明をよろしくお願い致します。














古内 明 公式HP

2015年4月10日金曜日

あと2日

昨夜、地元の鵜野森自治会館で立会演説会を開催した。
多くの来場者、約90名参加のもと熱い演説をさせていただいた。
応援弁士には、加山俊夫市長候補をはじめ、細谷政幸県議会議員候補、そして無投票で当選が確定した緑区の八木大二郎県議会議員が出席してくれた。
それぞれの方から応援の弁をいただいたが、八木議員の弁を紹介したい。
それは、選挙戦を戦う上で大切な4つの「P」についてでる。
1つ目は「パーソナリティー」いわゆる候補者、2つ目は「パッション」情熱、3つ目は「ポリシー」政策、4つ目は「プロパガンダ」宣伝である。
本当に頑張っている候補者で、地域を良くしたいとの思いは一番強く、相模原市議会初となる政策的条例を考え、他の会派と調整をし施行に導いた男である。
以上3つのPは文句のない男であるのは間違いないが、4つ目のPが問題である。
自分で自分を宣伝するのには限界がある。
そこで皆様方支援者に本人になり代って宣伝していただきたい。
もう最終段階まできている。
あと一歩、あと一歩です。
どうか古ちゃんをお願いします‼️
との本当に熱い応援をいただいた。


2015年4月9日木曜日

選挙戦第7日目

選挙戦も残すところ3日となった。
あと3日もあると考えるか、あと3日しかないと考えるか、各候補者さまざまだと思う。
自分は、あと3日しかない!常に緊張感を持ち、有効的な戦術を模索しながら動いている。
本日は、小田急相模原駅に立とう!との合言葉で6:30に現地集合したが、先陣がいた。
北口には同じ自民党の推薦ではあるが候補者が2名。
少し離れたところに無所属候補者1名
反対の南口は、民主と社民の候補者が各1名。
さすが人口密集地のオダサガである。通勤者も相模大野に引けをとらないくらいの多さであった。
そこで気後れしてはダメだと、ずうずうしくデッキに立ち通勤者に挨拶。
知り合いも何名か通って行ったので良しである。人通りが途絶えたところでいきなり40代の男性から声をかけられた・・・
男性:おはようございます~自分の名字も古内っていいます。
自分:あ、おはようございます!そうですか、珍しい名字ですよね!
男性:頑張ってください!
自分:ありがとうございます!是非応援を!と右手を差出し両手で握手。
選挙期間中の配り物はNGなので、残念ながら名刺も渡せなかった。
もしブログを見ていたらご連絡いただきたいと思います。
やはり選挙は、人前に出て人と会ってナンボ!多くの人と会って、自分を見てもらうそれが基本であろう。
ブログを書き終えるころには“あと2日しかなくなっている”
寝るのも勿体ないが、有権者も寝ているので、その隙に寝させてもらおう・・・

古内 明 公式HP

2015年4月8日水曜日

選挙戦第6日目

本日の駅頭は古淵駅。
選対本部長自ら早朝5時より場所取りに参戦。
前日、6時半で良いよ!と言われていたので出かけて行ったらスタッフが・・・
ありがたい話である。
感謝々。
支えられています。
と、余韻に浸っていたら“雪”がパラついてきた。
本日の自転車行軍はあきらめ、宣車に乗り込み2時間マイクを持って地域まわりをおこなった。
午後からは、顧問を務めるLPG協会相模原支部主催の立会演説会に出席。
加山市長候補、中央区の小野市議会議員候補と3人で演説。
約100名を前にして挨拶をおこなってきた。
夕方は選対会議を開催し、終盤戦へ向けての戦略を確認した。
夜は、細谷政幸県議会議員候補の立会演説会へ応援弁士として参加。

古内 明 公式HP

2015年4月7日火曜日

選挙戦第5日目

昨日の続き。

バタバタバタバタ・・・空を見上げると7~8機のヘリコプターが上空を旋回している。
腕時計で時間を確認すると午前11時30分。
選挙カーと別れ自転車部隊で運動中、突然携帯に一本の電話が入った。
ディスプレーを確認するとPTA会長を務める小学校の校長からであった。
会長ですか?
はい!
小学校を下ったところにあるコンビニエンスストア前で発砲事件があって、現在犯人と思われる男が逃走中なんです・・・との電話であった。
現在学校の門を施錠し、子どもたちも教室から出ないようにしている。との連絡。
校長によると、PTA緊急連絡網で子どもの引き取りをしてもらうよう連絡したいが良いか?
との電話であった。
とりあえず学校に向かいます!と、電話を切り必死に自転車をこぎ急行した。
学校正門に到着すると、テレビの取材クルーが駆け付けた親にインタビューの真っ最中。
数時間後、無事に子どもたち全員が引き渡されるのを確認し解散。
その後、町田市内のアパートに立てこもっていたが警察に拘束されたとの情報を得、ほっとした。
翌日の土曜日、完全燃焼し選挙戦終了。
日曜夜の開票結果、3568票で初当選の栄をいただいた。 初選挙の思い出・・・


(本日は、昨夜から降り続いている雨の中、朝だちを決行)




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2015年4月6日月曜日

選挙戦第4日目

昨日の続き。

選挙対策本部役員一丸となって烈火のごとくの戦いが始まった。
早朝の駅頭、昼は選挙カーに乗らず自転車部隊で行軍!
昼・夜を問わず自治会館等を借りての個人演説会を開催

本当に充実した選挙戦を展開していた事を思い返した。
7日間の選挙戦も終盤にさしかかってきた金曜日、事件が起きた。続く・・・


(4000枚の公選ハガキ、紹介者に手書きで書いていただき、ようやく完了!)



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2015年4月5日日曜日

選挙戦第3日目

昨日の続き。

市議会議員選挙告示を1週間後に控え、まさかの緊急事態である。
意気消沈する後援会と選挙対策本部。
しかしここで踏ん張らないと後継指名してくれた先輩に顔向けができない!
弔い合戦だ!
しかし、先輩の後援会組織がガタガタ・・・
これではダメだと気を奮い立たせ自身の後援会と選対本部の立て直しを計った。
その結果、何とか告示当日までこげつき、畑の一角に掘立演台を設置し出陣式をおこなうことができた。
さぁ~いよいよ初陣である・・・続く


















(本日も自転車移動で街頭運動)



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